私はまだしばらくここにいる。

「お前、お見合いする気ないか?」
朝、父に突然こう言われた。
「するするー」
と、私は即答した。


詳しく聞いてみると、父の会社にやってくるセールスマンの人で、偶然近所に住んでいることが発覚したらしい。九州出身の31歳。長男。父いわく、純朴そうないなかっぺ。


「あんた、長男だったら、いつかは帰ることになるかもしれないんだよ。それでもいいの?」
横で聞いていた母が聞いてきた。
私は田舎で暮らす覚悟もないくせに、田舎に対する憧れだけは強く、
「別に私、田舎に行ってもいいよ」
と軽い気持ちで答えた。
すると母が突然泣き出した。
「遠くに行ったら嫌だ」
と、子供みたいに。
父も私も、近くにいた妹もびっくり。普段からよく泣くような人ではないからなおさら。


いつまでも一緒にいたいよね。
子供である私たちはいつかは家を出て行くけれど。
私は20代半ばにもなっていまだに独立せず、結婚もせず、親に頼って生きていることに、引け目を感じているけれど。
親も「まったくこの子は」って思っているんだろうけれど。
離れたらさびしいよね。
ずっと一緒に暮らしてきたんだもん、あたりまえだよね。

そう考えると、結婚して家を出て行くこと、子供を送り出すこと、苗字が変わること、相手の苗字になること、新しい家族をつくること、家庭を築くこと、相手の苗字として死に、お墓に入ることって、私のアホな頭では想像できないくらい大変なことで、すごいことなんだろうな。と思えてきた。


まあ、お見合いの話は、相手の了承も得ずに父が勝手に言い出したことなんで、実現しそうもないけれど。
とりあえず、まだしばらくはここにいさせてください。